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TOP > 人類


オーストラリア先住民の最初の人口は1000〜3000人だということが判明

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1 :ケンシロウとユリア百式φ ★:2013/04/28(日) 08:17:05.76 ID:???
オーストラリアには約5万年前、最初に1000〜3000人の先住民が定住し、
その後、人口は氷河期に激減した後、約500年前に回復してピークの120万人前後に達したとする論文が、
24日の英学術専門誌「英国王立協会紀要(Proceedings of the Royal Society B)」に掲載された。

オーストラリアの初期における人口の推定は、欧州による植民地化がオーストラリアの先住民に
与えた影響と関係することなどから、人類学の分野では活発に議論される。

オーストラリア国立大学(Australian National University)のアラン・ウィリアムズ(Alan Williams)氏は、
古代の定住に関する研究を新たな観点で見直し、木炭などの炭素年代測定を行った。
人口の変化を知る手段としてこれらのデータを利用し、同氏は、オーストラリアの先住民は5万年前頃に上陸し、
1000〜3000人の「創立グループ」を形成したと考えた。この数字はこれまでの予測より若干多く、
さまよってたどり着いたというよりも計画的な移住だったことを示しているという。

通説では、先住民は当時、地上にあった大陸棚を越え、パプアニューギニアから陸橋を渡って
オーストラリアにやって来たとされている。

ウィリアムズ氏によると、先住民の人口は定住後に増加したが、氷河期のピークにあたる
2万1000〜1万8000年前、現在よりも気温が低く、著しく乾燥していた時代に60%減少した。
氷河期の終わりには、波があったものの増加し、500年前にピークの120万人に達する。
その後、人口は緩やかに減少し、英国による植民が始まる1788年までに77万〜110万人となった。
欧州からの入植者は天然痘やはしか、インフルエンザなどの病気を持ち込み、
免疫力のない先住民に最悪の被害をもたらした。

ソース:AFP(2013年04月25日 09:31)
http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/science-technology/2940603/10638443
画像:南クイーンズランド大学の考古学チームが発見した2万8000年前の岩石画の破片

関連リンク:英国王立協会紀要に掲載された論文要旨
「A new population curve for prehistoric Australia」(英文)
http://rspb.royalsocietypublishing.org/content/280/1761/20130486.abstract

2 :名無しのひみつ:2013/04/28(日) 08:23:12.08 ID:qeTcXKgI
ありがとう(*´∀`)


3 :名無しのひみつ:2013/04/28(日) 08:24:05.22 ID:o/MccIAi
狐がいなかったのも先住民激減の要因。


「民族として歴史が浅いかもしれない?」…ヨーロッパ人の遺伝学的な起源が判明

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1 :ケンシロウとユリア百式φ ★:2013/04/28(日) 08:05:44.29 ID:???
現代ヨーロッパの遺伝学的な歴史が初めて詳述された。
最新の研究によれば、民族としてのヨーロッパ人は予想以上に歴史が浅いかもしれないという。

古代の骨から採取したDNAを調べた結果、現代ヨーロッパ人の遺伝子構造は6500年前、
新石器時代の中期にあたる紀元前4500年頃に定着したことがわかった。
約7500年前にやって来た最初の農耕民や、さらに古い時代の狩猟採集民がもたらしたものではなかった。

研究を実施したアデレード大学オーストラリア古代DNAセンター
(Australian Centre for Ancient DNA)の所長アラン・クーパー(Alan Cooper)氏は、
「原因は不明だが当時、住んでいた人たちの遺伝的な特性が消失したらしい」と説明する。

この意外な調査結果は新しい研究の一部で、現代ヨーロッパの遺伝的な歴史を初めて詳述している。

共同研究者で、ナショナル ジオグラフィック協会のジェノグラフィック・プロジェクトを率いる
遺伝学者スペンサー・ウェルズ(Spencer Wells)氏は、
「比較的新しい時代の民族移動が、中欧の人々に遺伝学的に重大な影響を及ぼしたようだ」と話す。


ソース:ナショナルジオグラフィック(April 25, 2013)
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20130425003
画像:ドイツ、ブライスガウ出身者で編成された部隊。1920年代に撮影

関連リンク:naturecommunicationsに掲載された論文要旨
「Neolithic mitochondrial haplogroup H genomes and the genetic origins of Europeans」(英文)
http://www.nature.com/ncomms/journal/v4/n4/full/ncomms2656.html

6 :名無しのひみつ:2013/04/28(日) 08:13:00.37 ID:QL+wdGzf
ゴダ


8 :名無しのひみつ:2013/04/28(日) 08:13:12.26 ID:wxifcsof
6500年って、聖書と辻褄があって、よかったじゃねーか。
プチ氷河期でも来たのかな。


26 :名無しのひみつ:2013/04/28(日) 09:24:59.64 ID:X+LaSMMr
>>8
聖書って、ほとんどアジア(中東)が舞台じゃない?

出エジプトのアフリカはともかく、
ヨーロッパは出てきても
だいたいはギリシャやローマあたりだろうし。


ヒトの知性、6千年前ピーク? 「狩りやめ低下」か/米研究

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1 :一般人φ ★:2012/11/21(水) 00:10:29.54 ID:???
 【中村浩彦】人類の知性は2千?6千年前ごろをピークにゆっくりと低下し続けているかもしれない――。
こんな説を米スタンフォード大のジェラルド・クラブトリー教授が米科学誌セルの関連誌に発表した。 
教授の論文によると、人類の知性の形成には2千?5千という多数の遺伝子が関係しており、ランダムに起きる
変異により、それらの遺伝子は、働きが低下する危険にさらされている。 一瞬の判断の誤りが命取りになる
狩猟採集生活を送っていたころは、知性や感情の安定性に優れた人が生き残りやすいという自然選択の結果、
人類の知性は高まっていった。

▽記事引用元 朝日新聞(2012年11月20日16時49分)
http://www.asahi.com/science/update/1120/TKY201211200426.html


▽Trends in Genetics
「Our fragile intellect. Part I」
http://www.cell.com/trends/genetics/abstract/S0168-9525(12)00158-8
「Our fragile intellect. Part II」
http://www.cell.com/trends/genetics/abstract/S0168-9525(12)00159-X

4 :名無しのひみつ:2012/11/21(水) 00:13:48.11 ID:vZi3+eEk
一瞬の判断=知性なのか?


7 :名無しのひみつ:2012/11/21(水) 00:18:15.63 ID:NcMssd5V
現代でも狩りメインの原住民の方々はどうなのよ


ネアンデルタール人の謎、解明進む

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1 :ケンシロウとユリア百式φ ★:2012/10/16(火) 19:43:46.11 ID:???
ネアンデルタール人(ホモ・ネアンデルターレンシス)は、現生人類(ホモ・サピエンス)の
近縁種として知られているが、謎の多い種でもある。最近、目覚ましく発達した分析技術により、
ネアンデルタール人の秘密が徐々に明らかになり始めた。

例えば、現代の人間のDNAに残るネアンデルタール人の痕跡を分析した最新の研究によると、
ネアンデルタール人は、3万7000年前まで現生人類と異種交配を行っていたという。
また、別の研究では、アジア人と南アメリカ人に、ほかの地域と比べてネアンデルタール人と
共通する遺伝子要素が多いことが判明した。

イギリスにあるロンドン自然史博物館の古人類学者クリス・ストリンガー(Chris Stringer)氏は、
「両種の間にこれほど複雑な関係が存在したとは、2〜3年前には予想もしなかった」と話す。

◆曖昧になる境界

かつては「野蛮なネアンデルタール人」と「洗練された現生人類」といったイメージが固定化していたが、
今や両者の境界はかなり曖昧になってきている。

アメリカにあるニューヨーク州立大学ストーニーブルック校の考古学者ジョン・シェイ(John Shea)氏は、
「ライフスタイルの違いを挙げるのはますます難しくなっている。
どちらも同じように氷河期を懸命に生きていた」と話す。

◆本当に異種交配があったのか?

ネアンデルタール人のゲノム解析が進み、現生人類との遺伝的共通点が見つかると、
「両種の間で異種交配があった」という説が登場した。しかし、「共通の祖先から受け継いだものだ」
という反論の声も上がる。ドイツのライプチヒにあるマックス・プランク進化人類学研究所の
スヴァンテ・ペーボ氏が率いる研究チームは、両仮説を検証するため、
現代のヨーロッパ人のDNAに残るネアンデルタール人の各痕跡の長さを分析、
その遺伝子要素が現生人類に混入した時期を特定した。その結果、遺伝子流動の発生が
8万6000〜3万7000年前であり、特に6万5000〜4万7000年前の可能性が高いことが明らかになった。

現生人類がアフリカを離れ、中東からユーラシアに移動を始めたのは6万年前だ。
ペーボ氏は、「やはり異種交配は実際にあったはずだ」と結論付けている。

新たな地を訪れた現生人類にとって、異種交配は思いがけない恩恵をもたらしていたようだ。
現生人類は、ネアンデルタール人の遺伝子要素を通じて、ユーラシア土着のウイルスと
戦う免疫系を獲得したと考えられている。

「ネアンデルタール人は部分的には私たちの祖先なのだ」とペーボ氏は話す。
「親戚関係を持たない現代人2人の遺伝コードを比較すると、数百万単位で異なる部分が存在する。
ところが、ネアンデルタール人と現生人類のゲノムには、平均でおよそ10万カ所しかない」。


ソース:ナショナルジオグラフィック(2012/10/15)
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20121015002
画像:DNA情報を元に復元されたネアンデルタール人の女性「ウィルマ」。
赤い髪、顔の斑点、白い肌がネアンデルタール人の特徴だ。

参考リンク:National Geographicに掲載された原文(英語)
http://news.nationalgeographic.com/news/2012/10/121012-neanderthals-science-paabo-dna-sex-breeding-humans/?source=hp_dl1_news_neanderthal_sex20121016

5 :名無しのひみつ:2012/10/16(火) 19:46:43.27 ID:MRDv3cdS
欧米人とアジア人を見比べて見ればわかるじゃん

欧米人はどうても、ネアンデルタール人と交配してるだろ
体格が違う


12 :名無しのひみつ:2012/10/16(火) 19:52:11.35 ID:M2gqmyvA
>>5

ネアンの平均身長は160センチ。でかいよね。


6 :名無しのひみつ:2012/10/16(火) 19:47:28.22 ID:YjbOtN4o
ネアンデルタール人とホモ・サピエンスの悲恋とかあったら萌える


アラスカで氷河期の子どもを発見 当時わずか3歳だった初期アメリカ人 丁寧に埋葬

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1 :1/2@白夜φ ★:2011/02/26(土) 00:19:33.64 ID:???
アラスカで氷河期の子どもを発見
Brian Handwerk
for National Geographic News
February 25, 2011

アメリカのアラスカ州中部で、1万1500年前の家が発掘され、
内部の穴の中に当時わずか3歳だった初期アメリカ人の子どもが静かに埋葬されていた。

家も人骨も北アメリカの亜北極地帯で最古と目され、分析に耐え得るDNAが手に入れば、
どのような人たちが暮らしていたのか解明する手掛かりが得られると期待されている。
当時、アメリカ大陸とアジア大陸は、ベーリング地峡で地続きになっていた。

まだ多くの謎が残されているが、一つはっきりしているのは、子どもが丁寧に埋葬されていた点である。

研究チームの一員でアメリカにあるアラスカ大学フェアバンクス校の生物考古学者ジョエル・アイリッシュ氏は、
「子どもは家の内部に備えられた“暖炉”の穴の中で火葬されたようだ。横たえられており、火は頭部から回ったようだ」と話す。
穴の中からは炭化した木片も出土しており、遺跡の放射性炭素年代測定が可能になった。

深さ45センチの暖炉に子どもの亡骸を土で埋め、この狩猟採集民の一族は住居を放棄したと考えられる。
埋めた土の線より上には人工物が存在していない。

今回の遺骨は桁外れに古く、わずか数百年前のアラスカ州での記録を大幅に更新した。

発見した骨は全身のわずか20%に過ぎず、性別や死因は判明していない。
それでも、死後の埋葬が敬意を持って行われた様子は、安らかに眠る態勢で安置されていたことからはっきりしている。

研究チームの一員で同じくアラスカ大学フェアバンクス校の考古学者ベン・ポッター氏は、
「考古学的にみて、この子どもは間違いなく特別な存在だが、出土した家も研究に値する」と話す。

暖炉にはさまざまな動物の骨も残されており、床の周囲には柱の痕跡が存在する。
同時代の短期滞在用の野営地や作業場は発見されていたが、アラスカ最古の“住居”と言える遺物は初めてなのだ。
________________

▽記事引用元 NATIONALGEOGRAPHIC 
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20110225001&expand#title

▽関連
Science
A Terminal Pleistocene Child Cremation and Residential Structure from Eastern Beringia
http://www.sciencemag.org/content/331/6020/1058.abstract

3 :名無しのひみつ:2011/02/26(土) 00:28:59.31 ID:ZK3E/8WH
ふーむ、モンゴロイド系統かぁ


4 :名無しのひみつ:2011/02/26(土) 00:31:19.69 ID:yINEN+M+
ただでさえ氷河期で寒いのにアラスカに住んでる奴って何なの


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