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TOP > 考古人類学


アフリカ以外で最古の現生人類を発見/中国南部

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1 :一般人φ ★:2010/10/26(火) 19:14:49 ID:???
 中国南部で驚くべき化石人骨(アゴの骨)が見つかった。現生人類がアフリカを出た時期が、定説より大幅にさかのぼる可能性がある。
 2007年、広西チワン族自治区の崇左市(すうさし)のジーレン(Zhiren)洞窟で人骨は発見された。下顎骨は先端が突出しており、はっきりと現生人類の特徴を備えている。
しかし注目すべきはその年代だ。中国でこれまで最古とされてきた現生人類(ホモ・サピエンス)の化石よりさらに6万年もさかのぼるという。

 研究共著者でアメリカ、ミズーリ州セントルイスにあるワシントン大学の人類学者エリック・トリンカウス氏は、「約10万年前の化石で、アフリカ以外で発見された最古の現生人類だ」とコメントしている。

 これまで、ホモ・サピエンスの出アフリカは約6万年前が定説だった。
その後、世界中で初期人類ホモ・エレクトスやホモ・ネアンデルターレンシス(ネアンデルタール人)などと置き換わるのに、それほど時間はかからなかったと考えられてきた。

 中国で見つかった早期現生人類の化石は、人類の移動の歴史を大幅に塗り替えるかもしれない。
また中国の現生人類は5~6万年間も別のヒト属と混在し、異種交配が行われていた可能性さえある。

 加えて、解剖学的に「現生」に属する人類は、人間らしい活動を始めるかなり以前に中国へたどり着いていた可能性も示唆されている。
例えば、物や人、出来事をビーズや描線などで表現する「表象的思考」は人間の特性であるが、中国の考古学的資料でその特性が確認できるのは約3万年前だ。

 ハワイ大学の人類学者クリストファー・バエ(Christopher Bae)氏は、今回の研究を受けて次のようにコメントしている。
「出アフリカの時期に関するこれまでの定説は、主に遺伝学的証拠に基づいている。新発見のアゴの骨はその定説に別の側面から挑戦状を叩きつけた。
年代がはっきりしており、ほぼ現生人類と見て間違いない証拠も備えている」。

 一方で、アメリカにあるウィスコンシン大学マディソン校の人類学者ジョン・ホークス氏は次のような見解を示している。「中国の洞窟からはアゴの骨と3本の臼歯しか見つかっていない。
しかも現時点では、ネアンデルタール人の骨である可能性も残されている。人類の移動の歴史に関する再考の必要性は、
今後の展開次第だろう。個人的には研究チームの主張に賛成だが、もっと証拠が欲しい。化石からDNAを抽出できればいいのだが」。

 研究の詳細は、「Proceedings of the National Academy of Sciences」誌オンライン版に10月25日付けで掲載されている。 Rachel Kaufman

▽記事引用元 National Geographic News(October 26, 2010)

▽中国の洞窟で見つかった早期現生人類のアゴの骨と臼歯。

2 :はりィ:2010/10/26(火) 19:18:39 ID:vufaIa6o
2 get


3 :名無しのひみつ:2010/10/26(火) 19:18:47 ID:BZVJborN
中国の考古学は伝統的に信用できない
最初でかい発表を行って後にしょぼく訂正というのがいつものパターン


ネアンデルタール人は火山噴火で絶滅?

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1 :一般人φ ★:2010/09/24(金) 18:45:07 ID:???
かつてのヨーロッパで起きた壊滅的な火山噴火によって、ネアンデルタール人は絶滅に追い込まれたという新説が発表された。
一方で、現生人類はアフリカやアジアに居住圏が広がっていたおかげでこの危機を切り抜けていたという。

 約4万年前、現在のイタリアやコーカサス山脈(アジアとヨーロッパの境)に相当する地域で火山が相次いで噴火した。

 研究チームは噴火の影響を受けた地域の花粉と火山灰を分析した結果、
噴火によってその地域のネアンデルタール人がほぼ絶滅するほどの打撃を受け、
ほかの地域に広がっていた集団にも間接的に影響を与えた可能性があると結論付けた。

 また、ロシア、黒海沿岸のメズマイスカヤ(Mezmaiskaya)洞窟にある約4万年前の堆積層を調べたところ、
火山灰が多い地層ほど花粉の含有量が少ないこともわかっている。

 研究チームのメンバーでテキサス大学アーリントン校の人類学者ナオミ・クレッグホーン氏は次のように話す。
「すべての地層で火山灰の特徴について調べた。
その結果、現在のナポリ近郊で発生した“カンパニアン・イグニンブライト噴火(Campanian Ignimbrite eruption)”
の時期に当たる火山灰が最も豊富な層は、樹木花粉が存在せず、植物の花粉もほとんどない不毛な地層だった」。

 植物が減少すると草食哺乳類の数も減少するため、大型哺乳類を食料にしていたネアンデルタール人にも影響が及んだと考えられる。
「ネアンデルタール人の絶滅の原因としてこのような環境的要因を指摘する説は以前にも発表されていたが、
私たちは具体的なメカニズムを解明しようとしている」とクレッグホーン氏は話す。

 その他の理論では、競争、戦争、異種交配などを通じて現生人類がネアンデルタール人の絶滅に重要な役割を果たしたとされているが、
今回の火山噴火説が正しいとすれば、彼らはもっと悲劇的な終焉を迎えていたことになる。
食料源が失われた冷たく荒涼とした地で、ゆっくりと滅びていったのだ。

 ネアンデルタール人は氷河期を何度も生き延びた頑健な種であり、火山などの自然災害にも慣れていた可能性もある。
だが、約4万年前の噴火はその種の災害とは規模が違っていたという。

 例えば、複数の火山がほぼ同時期に噴火していたことが挙げられる。
中でもカンパニアン・イグニンブライト噴火はヨーロッパでは過去20万年間で最も大規模だったようだ。

「数世代にわたって起きるような事象なら適応しやすい。ほかの場所に移動して居住地を見つければ良い。
人口も回復できる。だがこの噴火は異例の出来事だった」とクレッグホーン氏は解説する。

 当時のヨーロッパには現生人類の小集団も住んでいたので、噴火の影響を同様に受けたと考えられる。
だが、ネアンデルタール人のほとんどがヨーロッパに居住していたのに対し、
現生人類はアフリカやアジアにより大きな人口を抱えていたため絶滅を避けられたようだ。

「ネアンデルタール人はそれぞれの集団の規模が小さく、人口の大きな供給源がなかった。
噴火後に人口を回復するには人数や密度が足りなかったのだ」とクレッグホーン氏は補足した。



 今回の研究は「Current Anthropology」誌10月号に掲載される。 Ker Than for National Geographic News(September 24, 2010)

▽記事引用元 ナショナルジオグラフィック公式日本語サイト





4 :名無しのひみつ:2010/09/24(金) 18:47:33 ID:buu/kPew
現生人類がネアンデルタール人を殺して食べた


7 :名無しのひみつ:2010/09/24(金) 18:52:46 ID:5yml9A4/
多分、現生人類に皆殺しにさせたんだろうな。
タスマニアのアボリジニの様に。



斉明天皇の墓、ほぼ確実 牽牛子塚古墳は八角形墳 奈良

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1 :TOY_BOx@みそしるφ ★:2010/09/11(土) 00:11:49 ID:???
大化改新で知られる中大兄皇子(なかのおおえのおうじ=天智天皇)の母、
斉明(さいめい)天皇(594~661)の墓との説がある奈良県明日香村の
牽牛子塚(けんごしづか)古墳(国史跡)が、当時の天皇家に特有の
八角形墳であることが確認された。明日香村教育委員会が9日、発表した。

墳丘全面が白い切り石で飾られ、内部の石室も巨大な柱状の切り石で
囲われた例のない構造だったことも判明。斉明天皇は巨石による
土木工事を好んだとされ、被葬者が同天皇であることがほぼ確実になった。

明日香村教委は、飛鳥地方の古墳群と藤原宮跡の世界遺産登録に向け、
牽牛子塚古墳を昨年9月から調査。墳丘(高さ約4.5メートル)のすそは
上からみると八角形状に削られており、北西のすそから3辺分の石敷き
(長さ約14メートル)が見つかった。
縦40~60センチ、横30~40センチの凝灰岩の切り石が石畳のように3列
(幅約1メートル)にすき間なく並べられており、八角形になるように途中で
約135度の角度で折れ曲がっていた。

墳丘は対辺の長さが約22メートルで3段構成だったと推定され、石敷きの
外側に敷かれた砂利部分を含めると約32メートルに及ぶという。
三角柱状に削った白い切り石やその破片が数百個以上出土し、村教委は、
これらの石約7200個をピラミッド状に積み上げて斜面を飾っていたとみている。

また、墳丘内の石室(幅5メートル、奥行き3.5メートル、高さ2.5メートル)の
側面が柱状の巨大な16の安山岩の切り石(高さ約2.8メートル、幅1.2メートル、
厚さ70センチ)で囲まれていたことも確認された。

過去の調査では、石室が二つの空間に仕切られていたことが判明している。
斉明天皇と娘の間人皇女(はしひとのひめみこ)を合葬したと記された日本書紀の
記述と合致するほか、漆と布を交互に塗り固めて作る最高級の棺「夾紵棺(きょうちょかん)」の
破片や間人皇女と同年代の女性とみられる歯などが出土していた。

これまでの発掘成果と合わせ、「一般の豪族を超越した、天皇家の
権威を確立するという意思を感じる。斉明天皇陵と考えるほかない」
(白石太一郎・大阪府立近つ飛鳥博物館長)など、専門家らの意見はほぼ一致している。

一方、宮内庁は同古墳の西に約2.5キロ離れた円墳の車木(くるまぎ)ケンノウ古墳
(奈良県高取町、直径約45メートル)を、文献や伝承などから斉明天皇陵に指定。
「墓誌など明らかな証拠が出ない限り、指定は変えない」(福尾正彦・陵墓調査官)としている。

※記者注:ソース先に問い合わせ先への電話番号表記

画像 
  墳丘の周囲に敷かれた切り石の並んだ形状から、八角形墳とわかった牽牛子塚古墳
  牽牛子塚(けんごしづか)古墳の位置
  牽牛子塚(けんごしづか)古墳の復元想像図

  ▽記事引用元 : asahi.com 2010年9月9日22時43分

   関連 奈良県明日香村牽牛子塚古墳発掘調査の現地見学会について(牽牛子塚古墳紹介のPDFあり)

縄文時代もあった!?“ペット霊園” ほぼ全身がそのままの形で埋葬された犬の墓等を発掘-宮城

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1 :TOY_BOx@みそしるφ ★:2010/09/05(日) 00:14:24 ID:???
宮城県教委は2日、大崎市田尻小松の北小松遺跡から、
縄文時代晩期(約2500年前)の犬の墓や掘立柱(ほったてばしら)建物跡、
動物の骨で作った髪飾りなどを発掘したと発表した。

県教委は「当時の人々の暮らしを知る上で貴重な資料」としている。

調査は圃(ほ)場整備に伴い、2007年度から水路と農道になる部分で実施。
今年は、水辺の集落とゴミ捨て場を発掘した。犬の墓は5基見つかり、
計6匹分の骨が埋葬されていた。食糧のシカやイノシシの骨がバラバラに
捨てられたのとは対照的に、ほぼ全身がそのままの形で見つかった。
ペットとして飼われ、住居近くに丁重に葬られたとみられる。

掘立柱建物跡は11棟確認された。住居として使われたとみられ、
建物の1辺は2~3メートル。五角形や六角形の建物跡もあった。
二つの柱穴には直径25~35センチの木柱が腐らずに残っていた。

水辺のゴミ捨て場には貝殻や動物の骨の残骸(ざんがい)、
土器が多数見つかった。赤漆か朱を塗った髪飾り、シカの角製の棒状の
腰飾りなどの日用品、沿岸部の集落から持ち込まれたとみられる
棒の先に付けたモリやヤスなどの骨角器も見つかった。

ゴミ捨て場は地下水位が高く、遺物が空気に触れなかったうえ、
貝殻のアルカリ性が酸性土壌を中和したことで骨が残りやすかったという。


  縄文晩期の北小松遺跡(宮城県大崎市)で、ほぼ完全な形で埋葬されていた犬の骨

  ▽記事引用元 : (2010年9月3日11時34分 読売新聞)

関連 宮城県教育委員会 報道機関への情報提供ぺージ
    大崎市「北小松遺跡」の発掘調査現地説明会について  (PDFファイル)

初期人類は日常的に人肉を食べていた? 遺体の調理が慣習化 スペイン

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1 :星降るφ ★:2010/09/02(木) 15:20:26 ID:???
初期人類は日常的に人肉を食べていた?
James Owen
for National Geographic News
September 1, 2010

 洞穴で暮らすヨーロッパの初期人類にとって、人肉は儀式のごちそうでも餓死を
避ける最後の手段でもなかったようだ。スペインで発掘された骨の化石から、日常的な
食人の可能性が明らかになった。しかも、化石が発掘された一帯では、すべての初期
人類が人肉を食べていた可能性がある。食人風習の最も古い例だという。

 80万年前に解体された人間の骨が見つかったのはスペイン北部、アタプエルカの
グラン・ドリーナ洞穴。骨に残る跡から、西ヨーロッパ最古の人類とされるホモ・
アンテセッサー種(Homo antecessor)は食人が一般的だったとわかった。

 発表によると、1994年に発見されたホモ・アンテセッサー種は、遺体の調理が
一般的で慣習化していたらしい。必要な栄養を摂取し、しかも敵を根絶やしにできる
一石二鳥を狙ったようだ。

 発掘された骨には、切削痕や打撃の跡がはっきり残っていた。“調理”用の石器に
よるものと思われる。

 研究に参加したホセ・マリア・ベルムデス・デ・カストロ氏によると、バイソンや
シカ、野生のヒツジなどと一緒に少なくとも11人の骨が見つかり、すべて食用に解体
された痕跡があったという。肉を切り取ったり、骨を砕いて髄を取り出したり、脳を
食べた痕跡もある。

 スペイン、ブルゴスの国立人類進化研究センター(National Research Centre
on Human Evolution)に所属するベルムデス・デ・カストロ氏は、頭蓋の側下部に
ある側頭骨に切断や打撃の跡があり、首が切り落とされたことがわかると説明する。
「おそらく頭部を切り落として、脳を取り出したのだろう。脳組織は食用に適して
いる」と同氏は言い添えている。

 人骨が動物の骨と一緒に捨てられていたことから、食人には信仰と関わる儀式的
な役割はなかったとベルムデス・デ・カストロ氏らは推測している。

 また、食糧が手に入らない非常時だけ人肉を食べていたわけでもなさそうだ。
研究論文によると、食用となった人間の骨は約10万年にわたる地層から発掘されて
おり、長年の食人風習だったことがうかがえるという。

 さらに、一帯では食べ物に困る状況はほとんどなかったはずだ。洞穴がある
シエラ・デ・アタプエルカという地域は、初期人類には最高の居住地だと
ベルムデス・デ・カストロ氏は話す。食べ物や水に恵まれ、気候も穏やかだった
という。

▽記事の引用元 ナショナルジオグラフィック・ニュース

▽画像  スペイン北部で見つかった80万年前に解体された人間の骨
Photograph courtesy Current Anthropology


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